ヒカル

解決できない死にたさというのを、 僕はひかるに会うことで初めて知ったのです。

解決できない、というよりも 死ぬことが唯一の解決なのです。

やる気がでないとか、友達が嫌いとか、 そういうことではなく、

死にたい、という死に向かう能動的な衝動があるわけでもない。

ひかるはただ何故自分がこうしているのかが 本当にわからないのです。

存在そのものに違和感をもっている。 逃げてきた理由など訊いても無意味です。

僕は色んな言葉を使って色んなことを語ったが、 極言すれば、それはとてもとても単純な、 子供の駄々のような部分から湧いてくるものだった。

ただそれを認めるのに人よりも数倍の時間がかかったに過ぎない。 つまり、僕は「僕は優秀じゃないから」と思っていた僕よりも、 さらに優秀でなかったということである。

それまでも死にたい人にはサイトを通じてたくさん出会った。 言葉は悪いが、彼彼女らは、僕と同じく、 世界が「思い通りになりさえすれば」生きていける人たちだった。

ひかるにもそういう部分はあったのかもしれない。 が、僕には見通せなかった。

ひかるからは、ひかるの中の世界の手触りが 何も感じられなかった。

僕は作家ではないし、漫画家でもない。 だから話を作り出すことができない。

結論から言えば、別に出来事らしい出来事は何も起こらない。 僕はひかるの話を聞いていただけである。

だから残念ながらまた、 僕のジブンガタリにしかならない。

90年代末、僕は20代前半、 自分のサイトの中で「パパ」などと呼ばれていて、

どこにも未来がない未成年に、 「逃げていいよ」ではなく、逃げてくればいい、と言って 下宿に呼んでいた。

それだけでもう今ならアウトだが、 しかし「逃げていいよ」なんて口当たりのいいことを言って、 近くの児童相談所に通報して手続きを踏んでどうのこうの、 みたいなことをやっていては彼女たちは死ぬしかない。

だから僕は、逃げたいならここに逃げてくればいいと 具体的な回答を与えた。

それは決して僕の正義ではない。 「死にたいではなく消えたいのだ」という 不可解な彼女たちに関心があっただけだ。

この話はいつか長編として描きたいと思っているのだけれど、 相変わらずオチも展開もない上、 恋愛も青春もない、中身もない。

だがその後の僕の考え方に大きな影響を与えたことは間違いない。

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