村木

妻が夫を送り出す時に火打ち石をカチカチやる、あの儀式[鑽火]は 映画や戦争のフィルムでしか見たことがない。

ただ日常の儀式ではなく、神事としてであれば 豊作の祈祷だか何だかの時にカチカチやることはあった。 伊勢神宮があることと神事がさかんなことは関係あるだろうか。

みなさんも見たことがある、やったことがあるという経験がありましたら 教えていただけると僕がにっこりする。 そういう地域差のあるまじないや習慣はとても好き。

僕は僕用の火打ち石を持っていた。 宗教は関係ない。 家の土蔵に捨ててあったがらくたを、面白いから持っていただけだ。


今は「フクザツな家庭の子」を内情まで含めて センセーショナルに知ることができる。 というか、もう知りすぎてお腹いっぱいだ。 むしろ「フツーの家庭」のが希少なのではとさえ思える。

だが当時は複雑な家庭を知ることはできなかった。 村木は僕が初めて触れた、複雑な家庭の子だった。

何もできないので何かを一生懸命しようとした。 勉強をがんばればよかったんだが、逃げた。 面白くなかったから。

何もできない何もできないと言い訳を繰り返しながら、 僕はただ火打ち石で魔を祓う。

愚かだが 否定するにはあまりに純粋だ。


冬虫夏草……。うごめ紀?

普段なんかどんな性格でどんな態度でも どうでもいいと思う。

ちゃんとしなきゃいけない瞬間って 長い長い生活の中でほんの一瞬しかない。

その一瞬を流してしまうとずうっと後悔することになる。 後悔して生きていくのもよいかもしれない。 でもほとんどの人間にとって後悔は足かせ以上の意味はない。

一瞬しかないその瞬間に ちゃんと自分の言葉で自分を語ることは 練習や経験がいる。 それは誰も教えてはくれない。

僕がこの時なんと答えてどうなったのか。 それが気になって仕方ない君は、 まず君のことを考える方が先だ。

自分が格好いいのか、人気者になれるのか、 そんなもんは中学高校と過ごすうちに自然とわかって諦めがつく。

もし結婚願望があるとすれば、 そういったどう努力しても人気者にはならない、 つまり選択肢がない僕のような人間には 大学が最後のチャンスだ。

社会に出てからだとみんな頭がよくなってしまう。 だから絶対に結婚に向いてない女の人も 結婚に向いてない男と同数存在することがわかってしまう。 わかってしまったら頑張って結婚しようという気にもなれない。

いつでもすぐ恋人ができるような人間にはわからないだろう。 僕はそんなことばかり考えて鬱屈していたのでようく知っている。 だから高校も大学もできうる限りそこに時間を使ったのだ。

なんてことはない。 今たまたまうまいこと言おうと思ったらそんな書き方になっただけだ。

でもねえ、歳くってから絶対結婚に向かない人をただ好きになって、 純粋な恋愛から結婚しようとしてもなかなか難しいだろうと思うよ。

家内ちゃんも結婚して2、3年はずうっと 「だまされた!だまされた!」って毎日叫んでたし。

どんな人も掘り返すと必ず色々ある。 本人は大したことじゃないと言うけれど、 僕にとっては大したことばかりだった。

それを見ないふりで表面的に仲良くしていくのも 土足で踏み込んで後悔するのも、 是非はない。

少なくとも「どんな人も必ず色々ある」。 一般論ではなく生々しい手触りとしてそれを知ったことは 僕にとってとてもとても大事な思い出である。