雑談・雑記

マフラーの少年が舌を出し、「好きって何?」と問いかける。

描きながらいつも何か絵とは関係ないことを考えているんですが、自他の区別がつけにくい今にあって、自分が自分であることを必死で守ろうとしてるからなんじゃないか、って。

赤魚の煮付け定食の写真と、赤魚の解説漫画。

魚の味覚変化と綺麗な食べ方に拘る漫画

自身の生きづらさと社会を問う漫画

わたくしは「頭がおかしい人」を「頭がおかしい」と思ってなかったから好き嫌いで人を選んでいたわけです。

医療や福祉のラインで決められて、それが基準になってしまうと自分の中に明確で恣意的なラインが生まれてしまった。例えば自分の理解できないこだわりを見せられただけで、「おもしろい」と思う前に「おかしい」と反射的に判断してしまう。

これが実に苦しい。苦しくてなんとかしてもらいたい。しかしそこに医療が出てきて「それはこうこうこういうことですよ」と言われたらそれこそ本気でわたくしも狂ってしまう。

だから差別主義者になってしまった自分があまりにつらくて、漫画にもしょっちゅう描く。これは自他境界が曖昧だという話ではない、哲学と倫理の大問題だとわたくしは思う。

ぴんと来ないかもしれない。わたくしも恐ろしくてあまり深く考えなくなった。

ただ、ただの直感として、これはだめなんじゃないかと感じている。

感情ゆたかな子と、強さ・鈍感さをめぐる対話

チロリン村はさすがにわたくしの歳では見たことありませぬ。名前だけは知ってますが…。ひょっこりひょうたん島も知ってはいるけどちゃんと見たことないですねえ。

わたくしが小学生の時のNHK人形劇は「ヒゲよさらば」です。知ってる人に会ったことがない。

ありのままの自分を求め諦め、無力な自分と向き合う漫画。

他人に見透かされ、醜い自己を受け入れ楽になった女性

わたくし、こうしたことを考え、描き続けることをネガティブな思考、ネガティブな行動って考えたこと一度もないんですが、ネガティブに見えますか?

あなたのネガティブってなんです?