さみだれデイズ

上半身ヌードの女性

わたくしが最も苦手とする描き方として、線で立体を表現する、つまりアニメのような描き方があります。

形がわずかでも狂っていると確実におかしく見えるから。

人体、特に女性のヌードのようなやわらかい物体を線だけ、光と影だけで描くのはほんとに難しくって、これ多分手抜きに見えると思うんですが、3倍くらい時間かかったりします。

好みでいうと、がんばってる絵はあんま好きでなくて。がんばってる絵っていうのは、画面いっぱいにすごい色々描き込んである感じの。描く方はがんばりがいがあるんで楽しいんですけどね。

黒髪の人物が上半身裸で後ろを向く。

黒髪の少年が服を脱ぐシーン。

髪を乾かす日常の場面

こちらを見ているさみしい子

わたくしはまず田舎の古い家の長男で3つ下の妹がいたことから、かまわれるのは好きでなく、かまう方が好きである。

それは人間としての優しさから発せられているわけではなく、「こうでなければならない」という呪いのようなものから湧いてくる行動である。

わたくしは自分の行動で相手が喜んでいると思うことはあまりない。そういう意味では人の気持ちのわからない人間なんだろうと思う。

さみだれちゃんは待っててと言うと雨の中でも待っている。雨の中でもじっとこちらを見ている。

わたくしとさみだれちゃんと、どちらがまっとうで「正しい」人間なのか。

それを決めるのは常にわたくしとさみだれちゃんではない人間であり、その正しさには「今日は雨です」ほどの価値もない。

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縁側で涼む少女と風鈴。

女性と蝶が見つめ合う場面。

さみだれちゃんは夏でも汗をかいてなかったことを思い出した。いつも髪の毛からヨーロッパの牧草のにおいがした。

座る女性のイラスト。

ベッドから引っ張り起こすシーン。

男の子が疑問を投げかける場面。

夕日を見つめる少女の横顔

言語化できるならしてみなよ。って僕はいつも思っている。

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女性と枯れた花のイラスト。

高校と違って、大学も後半になってくると、好きとか嫌いとか、つきあうとか別れるとか、一通り一周して「わけがわからない」ということも減ってくる。

そういう時にわけがわからない人と会うと、なんだか新鮮だったりする。

新鮮な気持ちな気はするけれど、花はもう枯れてしまっている気がする。

枯れた花を美しいと思う感性に切り替わり始める。