ドキドキ

女性がポップコーンを食べる絵。

映画館ももう何年行ってないだろう。最後に観たのがなんだったのか思い出せないくらい行かなくなりました。

今って映画みながらポップコーンとか食べれるんですか?というよりポップコーンなんて売ってんのかな。

大学の頃、すでに「なにかを食べながら映画を観た」という記憶がないので、小学生まで遡らないと映画・ポップコーン・コーラ(ファンタ)の組み合わせは存在しないのかもしれない。

実際のところどうなんですかね。もしポップコーンくらい食べてもいいとしても、周りを気にすれば難しいですよね。私語もスマホも厳禁だろうし。

インドは世界一の映画大国なので、わたくしも名も無い町の映画館などによく行きました。

インド人の映画の楽しみ方は(96年当時ですが)、サモサとかパコラとかポップコーンとか食べ物は必須で、剥いて食べるピーナツは剥いたそばから殻は床に捨て、たいてい3時間以上の長編ばっかなんで途中で休憩があり、明るくなるとゴミ屋敷のような有り様でした。

私語というより、映画のスクリーンに向かって野次るのが基本で、ラブシーンには指笛を吹き、主人公がへたれだとブーイングし、そんな感じで今の日本人が真面目に映画を観る感覚で行ったら「二度と行くか」って思うんじゃないですかね。

僕も一回目はびっくりしましたが、二回目からは余裕で慣れました。その方が楽しいからな。インドも今はどうだか知りません。

まいちんとはよく京都みなみ会館に行きまして、しかし、ポップコーンを食べながらみた記憶はない。レイトショーで朝までコースだと客が2、3人のこともあったんで、それだと好き勝手やった記憶もある。大体客は寝てますがね。

映画は見終わって喫茶店でああだこうだ言うところまでが娯楽ですから、デートでは喧嘩になりそうで絶対に行かず、まいちんみたいなまあどうでもいいっちゃいい友達と行くことがほとんどでした。

そういやまいちんインド人みたいなはっきりした顔だったな。どうみても見た目は女の人でしたけど、不思議とあんまり女性性を感じさせない人ってのはいて、僕はそういう人が好きで、僕もまた男として見られない方が好きでした。

ショートヘアの女性が椅子に座る。

愛想ない人は最初は怖いんだけど、ただうまいこと顔を作れなかったり、うまいこと言えなかったりするだけだとこちらが気づきさえすれば急にかわいく見えてくる。

一瞬でブロック、一瞬で拒絶もこの世界では仕方ないかもしれないけど、まあなんか寂しいよな。

猫耳の少女、驚いた表情。

この絵はフィクションですが、ぴくちゃんは頭の中が混乱してくるとヒモや包帯のようなものでぐるぐる巻きになりたがる、用具入れや箱のようなものに隠れたがる、という行動をしました。

自分を追ってくるなにかから逃げたかったんだと思います。

緊張した表情の猫耳の少女。

筋肉少女帯のアルバム「UFOと恋人」(1993)の中の「くるくる少女」に”彼からの電波受信機がある”という歌詞がある。

僕たちが「電波」「電波系」と呼んでいたあれは、UFOに由来しているんだろうか。

僕には確かに電波を受信しているように見えた。恐ろしくもあり、憧れでもあった。

男の子と女の子が手を繋ぐ。

19歳の僕も、まさか32年後に自分の日記を見ながらその絵を描くとは思ってなかっただろう。

僕がマキタに最後に会ったのは1993年12月5日だ。

多分日記に書いてなければとっくに忘れて描くことはなかっただろう。

この日記自体は12/11に一週間かけて長大な長さで書かれたものだ。

受験直前だというのに浪人生の僕は多分一日一分も勉強などしてなかった。