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青春モノクロームの全漫画・イラストから4ページ以上のものを一覧したページです。

エロスとタナトスの解説マンガ

エロに関する文化の変遷と解釈

日本におけるエロコンテンツの変化

哲学的性癖についての会話。

日本語の「エロ」にあたる外国語って思い浮かばないなと思って。大学の頃から考えてたんです。スラングならあるんでしょうけど。

エロティックもセクシュアル(センシュアル)も日本語でいうエロ・エロいとはニュアンス違うしなあと。

ただAIが正しいかはさておき、関連性を探っていると、やっぱり何を探ってもいつでもどこでも人間は同じこと考え、同じことやっとるわいという感想しか出てこない。

戦後の抑圧解放ブームから転じて次の時代は規制・良識の時代になったように、もう日本だけ表現の自由をたてになんでもあり、は通用しないだろうと思っています。

というかAIと一緒に出した結論としては、「エロより承認欲求」=形骸化した表現と膨れ上がる自己愛というものだったんで、承認欲求にとにかく飽きてしまわないと恋愛は戻ってこない気がしますねえ。

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いない人の悪口についての話。

漫画「関係ないのに怒る病気」

中年の昔話を無視された話

真面目に描くことの葛藤。

前から言っていますが、承認欲求は自分が何か帰属している以上、かならず一生ついてまわるもので、それ自体を悪者のように考えるのは間違っていると思います。

問題は共感と、共感性ルサンチマンの方でね。ポピュリズムという言葉も大分一般的になりましたが、どうしてわたくしが描いたわたくしの話を自分の方へ引き寄せてしまうかと言えば、自我が欠落しているからでしょう。

自我が強いということは、押しが強い、自己主張がひどい、わがままということではない。

自分と人は違うのだという線を明確に自分で決められるということです。これはやっぱりどうしても共感能力が高い女性性に多く見られがちな傾向でしたが、昨今の意味のわからない多様性ポリコレブームによって、実際に男女関係なく「自分は自分なのだ」というアイデンティティを保てない子をよく見るようになっています。

だから武器として「弱さ」=自分は弱いのだから、仕方ないのだから、という、使うと対人関係が破綻する言葉をとうとう使い始めてしまいました。

自分のどこが弱いのか、弱さなのか、それすら考える能力さえも持てず、感情のままに左右に流され続ける。これは何かというと、子供です。

わたくしは子供でしかいられない人に対して、大人になれなんて大人目線で言うつもりは全くなく、月並みではありますが、それは思春期に自分で獲得するべきものであり、

そうでなければどうしていくか、助けるのは医療なのか福祉なのか、スピリチュアルなのか、いずれにしても選択から始めなければなりません。

自我が弱いのは病気ではないですからね。性格です。自我が弱いことを理由に友達ができないなんてことはないし、人付き合いを拒むこともないと思います。

そんなことを自分の入退院生活と重ねながら、そして急速に悪い方向へ変化していく教育現場を間近で見ながら、考えていました。

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哲学と文学の違いについての漫画。

哲学についての会話シーン。

哲学と恋愛についての対話。

哲学実践と現実への議論。

いよいよこの先どうなるかわからんと思うと、今のうちに面白かろうがつまらんかろうが言いたかったことは描いておかないと後悔しそうでさ。

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学生時代に読むべき本に悩む男性。

哲学が向いている先輩の話。

ヨシダの薦めた本で自己発見。

読書の偏見に対する会話。

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絵を褒められない画家の苦悩

人間を理解する美術部漫画。

曖昧な絵と疲れた表情の男性。

二人のキャラクターが休息中

説明しなくてもわかってもらえる世界を自分の中に持っていたい。

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