シリーズ:しあわせの時間。

僕のしあわせは僕自身が「しあわせだ」と感じなかった時間にここ存在する。

教室で笑う制服の女の子二人

何枚描いただろう。この土日はほんとうに朝から朝まで描いてられて幸せだった。

僕は「そのせつは」の最後の写真以外、 いっつもすみっこで半分見切れている。 それでもよかった。僕の物語で僕が主人公である必要はない。


灰*さん

追い詰められてくると明るい話にしたくなるんですよね。 暗い話は元気じゃないと描けない。

*井さん

漫画どうでした? 面白いことやってますねえ。

自分を守るための嘘は美しくないけれど。

色んなところに出る性格の違いを観察(観察っていうと言葉が悪いけど)するのは好きだった。

マキタが果たして、 ただお腹がすいていただけなのか、 それともしょんぼりとしている僕に気がついていたのか、 今となってはもうわからない。

が、マキタもまた人の気持ちによく気がつく人間であり、 僕と同じく直接わかりやすい言葉で伝えるということが できない性格だったのは間違いない。

僕は人に気を遣うのも気を遣われるのも好きではない。 だからほっといても勝手気ままなわがまま人間についていき、 世話を焼く方がどちらかと言えば好きだ。

ただもしこれがマキタなりの気遣いなら、 僕はとても嬉しく、だから覚えている。

人の気を遣うということは、 人に気を遣わせないということだと思う。 ほとんどの人間はそれができない。 気を遣っているそれを知ってもらいたいと思っている。

だから互いに気を遣いあう。 それがいい時もあるし、イライラすることもある。

優しいにも色々ある。 それはどれくらい人と深く関わってきたかによる。

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