シリーズ:しあわせの時間。

僕のしあわせは僕自身が「しあわせだ」と感じなかった時間にここ存在する。

こう、好きな子がいて 「なんで俺の気持ちに気づかねえんだ!あいつ鈍くねえか!?」みたいな 相談されませんでした?

僕は自分はまったく人に相談しないかわりに、 よくそういう話を聞いている方でした。

「そりゃお前が空気だからだろ」 と誰でもつっこみを入れたいところですが、 入れない方が面白くなるので入れなくていいと思います。

ネットでは自分を下げる方がウケると思っている人が多く、 いまだにリア充がどうみたいなことにこだわったりする人もいますが、

実際教え子でいつも自分は非モテ非モテと喚くようなやつでも、 お前ちょっと高校の卒業アルバムもってこいと言って これが誰でどういうやつみたいなことをしゃべらせると、 なんだかんだ言ってしゃべりながら思い出し、 センチメンタルな自分語りを始めたりする。

僕はそういうの好きなんですよ。 「なんだお前、結構しゃべるじゃねえか」 ってニヤニヤしながらつっこむの。

別に恋愛の話なんかじゃなくていいんです。 こいつが嫌いだった、この先生がクズだった、高校最悪だった、 そんな話でいい。

それは君しか知らない君の世界の話です。 僕は君の頭の中にだけあるものを知ることが好きなのです。

変でしょうか? 僕はねえ、調べればわかる話を君としたくないのですよ。


体育祭のクラス打ち上げでカラオケに行き、 騙されてアルコールを飲まされたマキタは気分が悪くなりました。

僕は無理やりマキタを連れ出し、背負って帰りました。 そりゃあ嫌だったと思いますよ。 いいことしたなんて僕も思っていません。

僕は熱血な性格ではない。 その時はクラスの連中が嫌いで仕方なかった。 だからそういうことをした。 多分、あの頃しかできなかったことだと思います。

僕は今年も僕の話をします。 君も誰かを捕まえて、自分の言葉で自分の話をするといい。

「なんとか面白くしようとする」作為について ある年齢を過ぎると鼻についてイヤになってくる。

面白くもないことから 観察によって面白さを見つけ出すことが 僕にとっての面白さであり、 故に「面白いだろう?」という態度に対しては ひどく冷淡だ。

なので最近は面白くもないことを、 面白くもなくそのまま描こうとすることも多い。

さて、伝わるかどうか。

いい雰囲気だと相手がよく見えるということはほとんどなかった。

どんな場所でどんな話をするにしろ、あるいは黙っているにしろ、 結局は相手が好きかどうかだけが問題で、その他は些末な話だ。

会うたびに苦痛になる素敵ないい人もいるし、 会うたびに好きになる無愛想で退屈な人もいる。

そんなことばかりしてるから 嫌がられるわけなんですが。

僕もマキタも高校生らしく、なんだかいつもふてくされた顔をしてたのだけど、 ふてくされた顔も笑顔も自分の気持ちを外に出さないようにする仮面という意味では同じ。

僕たちは何でおもろくもないのに笑わなあかんのじゃとふてくされながら、笑えない自分に劣等感をもっていた。

何でも話せる間柄を作れるようになるのは大学に進んでから。 高校生の間は何も話せなかったような気がする。 大した話じゃないのに、深刻ぶっていた。

その深刻さを大人は軽く笑うけど、 あれはとても大事な通過儀礼だと思う。