シリーズ:青春ノンフィクション

「自分の行動を妨げられること」 に対して、激しい敵意と反抗的態度をとった。

今にして思えば、 疑われるようなことをことさら見せびらかすように していた僕にも大きな非がある。

それでも僕はいつも戦闘態勢だった。

人は生きている限りろくなことをしないのだと、 何度も当時の日記に書き綴っている。

迷惑だとか気持ち悪いとか、そんなの自分でもわかってんだよ。

それでも、どうしてもしたいこと、 しなきゃ諦めきれないことというのがあって、

冷静な自分を押しのけて、 強引にやってしまったことは、 後悔と罪悪感もしっかりと残るかわりに、

思い出もその分強く残る。

今なら、と思うことはたくさんある。 今ならこんな結末にはならなかったはずだ、と。

このメールがこないだ復旧したHDDから出てきた時に、 当時は「なんて冷たいこと言うんだ、僕がノイローゼになってるのに」と ただ哀しかったことを覚えている。

僕は甘えていただけだったのか、と 気づくのはもっと後の話。

もっと早く気付けよ、って思うでしょう? 自分のことを考えるのって結構難しいですよ。

その時はわからなくても、後でわかることがある。 というより、僕たちは後にならなければ何もわからない、 ポンコツないきものだと思ったりする。

そしてそれを後悔と呼んだり、思い出と呼んだり、 あるいは青春と呼んだりする。 勝手な話だ。

こうした僕の一連のセンチメンタルが、 甘酸っぱいかと言われれば、そうでもない。 苦いのとも違う気がする。

こんな、ドラマも何もない、ありふれた小さなことが、 僕にとっては例えようもなく美しい。

けだし僕の中身は、実に単純で平凡な人間讃歌である。 誰が何をどう言おうと絶対に歪まない、 でも最初からちょっとだけ歪んでいる、

手放しの人間讃歌である。

90年代末、僕は20代前半、 自分のサイトの中で「パパ」などと呼ばれていて、

どこにも未来がない未成年に、 「逃げていいよ」ではなく、逃げてくればいい、と言って 下宿に呼んでいた。

それだけでもう今ならアウトだが、 しかし「逃げていいよ」なんて口当たりのいいことを言って、 近くの児童相談所に通報して手続きを踏んでどうのこうの、 みたいなことをやっていては彼女たちは死ぬしかない。

だから僕は、逃げたいならここに逃げてくればいいと 具体的な回答を与えた。

それは決して僕の正義ではない。 「死にたいではなく消えたいのだ」という 不可解な彼女たちに関心があっただけだ。

この話はいつか長編として描きたいと思っているのだけれど、 相変わらずオチも展開もない上、 恋愛も青春もない、中身もない。

だがその後の僕の考え方に大きな影響を与えたことは間違いない。