シリーズ:青春ノンフィクション

舞台上の物語に集中しようしようとする気持ちと、 マキタのことばかり見てしまう自分は確かにいて、 余計に集中出来ず、あらぬ妄想ばかり広がって、

せっかく真面目にやってる演劇部に申し訳ないと 罪悪感を抱えてしょんぼりしながら、 全然人の乗ってない帰りの近鉄電車で、

何という自分勝手なのだ!と頭を抱えて転げ回りたい僕を 巡回にきた車掌が怪訝な顔で見る。

でも僕はマキタにそれを言うわけでなく、 本当に頭を抱えて転げ回るわけでもなく、

別にどってことない顔で学校に行き、美術室でサボる。

邪心にまみれてはいるが でも邪心に向かって一直線。

僕はほとんど人に好かれるということがありませんでした。 というより、好きな人に嫌われるのが怖いので、 最初から「俺のことなんか好きなやつぁいねーよ」 という設定で自分を守っていました。

だから僕はいつも片思いが好きでした。 相手が迷惑な顔をしても平気でした。 迷惑だろうと思っていたからです。

つまり自分のことしか考えていないわけです。 いわゆる「ファン」です。 ファン状態になった人間には、人の気持ちなどわかりません。 ファンはファナティック(狂信者)のファンなのです。 例外はありません。

そんな僕を困惑に追い込んだのは、 僕の「ファン」になってしまったハニワちゃんでした。 ハニワちゃんは僕のことが好きでした。 でもその「僕」は僕自身とはかけはなれた僕でした。

僕はやっと幻想の外側にいる、 人間そのものに目を向け始めました。

記憶は美化されるものだし、されてくれなければ困る。

ただ、記憶だけでマンガを描くのは恥ずかしくてできない。 だから日記を見る。あるいは手紙やメールを見る。 そこから引っ張り出された美化だけを集めて描いている。

彼女は僕が大学をやめた後、 「君は私の大学生活の、そして青春の象徴だったよ」という手紙をくれた。 それを褒め言葉とだけ受け取るほど僕は楽天家ではない。

でもお金のない僕たちは、 公園のベンチで、駅のホームで、下宿で、大学の庭で、 昼も夜もなく、ずっとしゃべり通した。

腹が減ってることすら気づかずに話し続け、 さすがにもうお開きにしよう、と 最後に半分づつ食べたカップラーメンは 実にうまかった。

逃げ癖がついてると、「僕自身」の問題を「女心って」にすり替えたり、「僕はオタクだから」と全く関係ない話にもっていく。

これはね、恋愛経験の有無や年齢は関係ないのです。 死ぬまで治らない「性格」です。

僕は自分がつらい目に遭ったことは描くが、自分がひどい目に遭わせた人間のことはあまり描かない。

その事実をもって何も言い逃れ出来ない。 人を罰することも、自分の所為にすることも出来ない。