僕は相手が何をそんなに怒っているのか、いつもわかりませんでした。 きっと今もわからない気がします。

僕はいつも自分を正しいと思っています。 しかしそれは「君は間違っている」と言いたいわけではないことも 説明することにしています。

でもそんな説明は無意味です。 感情の前には言葉など人の耳には届きません。

思春期のいっとき、自分の感情も他人の感情も ひどく鬱陶しく、気味が悪く、機械のようになりたいと 思った季節がありました。

顔だけは能面のようにできましたけどね。 結局心は常に荒波のままでしたから、これも無意味でした。

「私はお前が嫌いだ」 と君は僕に言った。

僕は一体その瞬間何を思い、何を考えただろう。

そんな一番大事なことだけが日記に残されていない。 何も感じなかったのかもしれません。

人の感情は僕を静かに、小さく、無にします。