どうしてそんなにもインフルエンサー、 つまり人に影響を与える人間になりたいかと言えば、 極言すれば「自分は必要とされている」という実感が欲しいだけなわけで。
「生きることに特に意味はない」と 大いに語る人間には今までにもたくさん会ったが、 意味を求めていない人間はそんな立派そうなことは主張しない。 嘘をついている。意識的にか、無意識かはわからないけれど。
意味をもたない人間は、ただ無意味に無為に無言で底辺へ落ちていく。 彼彼女らは可視化されず、手の施しようがない状態になって 初めてその存在が見つかる。
自分でものを考える、自分の頭で決断を下す、 今までそれはがんばれば、もう少しやれば 誰にでもできるようになる気がしていた。
でも多分、できないのだ。どうやっても。 僕が100mを10秒で走れないのと同じように、 できない人間にはそれがどうやってもできない。 できると思っていた道徳側の間違いだったんだと思う。
だから諦めろと言っている。 出来ている(ように見えている)人間を妬み、 自分より下の人間を嗤う、 ひたすらにスマホを触りながら何年もそんな生活を続けたら、 別の思考に切り替えるのはもう無理だ。
タイパに踊らされてその道を進んだ人間には それ以外の考え方で行動することは恐らくできない。 自分の何が悪いのかを考えることはタイパが悪いもの。
誰にでもわかりやすい経済的な格差の時代は、 圧倒的な格差が可視化されたことで終了しようとしている。
しかし格差の本番はこれからだ。 絶対に取り返せない格差はこれからなのだ。 それは経験と、感情と、自我の格差だ。 その格差に気付くこともできない時代がくる。
そんなことを考えていた。 僕はただ描いている。 自分を描いている。 何があっても描いている。
その描いている間、僕はただ自己完結をし、 何にも縛られていない。
