間違いなく、この日記がなければ僕は 自分に都合の悪いことはすべて忘却し、 「あの頃はよかったなあ」と遠い目をするだけの大人に なっていただろう。
もしくは陰キャがどう、陽キャがどうと、ねちょねちょ どうでもいい定義にこだわる人間になっていたかもしれない。
そういう意味では、 くるくる変わる気分と憂鬱、 その反動のハイテンションと希望が 日毎に交錯する「30年前のありのままの自分」が みしみしと詰め込まれた日記は、人からもらった手紙とあわせて 僕の唯一の財産であり、資産である。
ツイートやブログのようなweb日記は 僕は絶対に日記とは認めない。
どれだけ「これは備忘録」「これは独り言」と 主張しても僕は認めない。 それは君自身ではない。

