「記号の顔。」2025 .05.28 ヨシダ 高校編 #2ページ好きだったのは「記号の顔でない」ヨシダである。しかし、完成直前まで僕が描いていたのは、誰でも理解しやすいどうでもいい人に向ける顔だった。それは記号的な、つまり特に思い入れのない顔だった。しかしそうでないものを求めて、虚しい努力の日々は続く。ビター 憂鬱好きだったのは「記号の顔でない」ヨシダである。しかし、完成直前まで僕が描いていたのは、誰でも理解しやすいどうでもいい人に向ける顔だった。それは記号的な、つまり特に思い入れのない顔だった。しかしそうでないものを求めて、虚しい努力の日々は続く。記号の集積であるマンガあるいはイラストで、記号じゃない顔を描きたいなんて言ってるから伝わらない。超絶的な画力があれば伝わるかもしれないが、それでも多分伝わらないだろう。何もかもやってることが矛盾して破綻している気もする。そしてそれこそが楽しいということなのだと僕は思う。