現代では「寂しい」「淋しい」はほとんど同じ意味で、なおかつ「淋しい」は常用漢字じゃないのであまり使われませんが、もともとの字義でいうと「寂しい部屋」「淋しい気持ち」のようにニュアンスが異なります。
わたくしはこうした漢字によるニュアンスの違いみたいなものが好きです。先輩も好きだったと思います。国文学専攻ですからね。
しばらく世相をかんがみて詩情の少ないわかりやすい内容を描いていましたが、わたくしがいつも作りたいものは、誰にでも、ではなく、ごく一部の「そうでなければならない人」にだけ響くような、そういうものです。
そしてそのごく一部に当然わたくし自身が含まれています。
それを短く表現するとすれば、多分「救済」です。



