僕はマゾヒストではない。 傷ついたことを描いて喜んでいるわけではない。

この手のかんちがいは、 主語のない言語圏(主に関西)では日常的によく起こる。 傷つくというより、恥ずかしい。

なぜ恥ずかしいんだろうと考えると、 世界を自分の視点からだけ見ていたことに気づくから。

自分を見つめることは実はそれほど難しくはない。 人と接していれば自然と自分のことによく気づく。

後は自分に嘘をつくかつかないかの話だけだ。